幼児期の「お勉強」効果は、先々まで続くのか

 

小学校低学年から高学年、そして中学生へ……。周囲に私学を受験する子も増える中で、わが子の成績や先々の進路がまったく気にならない親はいないだろう。どうすれば少しでもいい点が取れ、より上位の学校に進学できるのか。そもそも子どもにやる気を起こさせるには? 

約25年にわたり学習塾を運営し、3000人以上の子どもを指導、成績向上に導いてきた石田勝紀氏は「心・体・頭のしつけ」をすることが重要と語ります。この連載では石田先生の元に寄せられた親たちのお悩みに答えつつ、ぐんぐん伸びる子への育て方について考えていきます。


  【質問】

はじめまして。幼稚園年中になる子どもの母親です。幼稚園時代はのびのび遊んで過ごした方が、後々になって学力が伸びる子供になるとの意見が多かったので、お勉強が一切ないのびのびした幼稚園を選び入園させました。ですが最近、別のお勉強時間がカリキュラムに含まれている幼稚園に通うお友達と遊ぶ機会があり、足し算や引き算、漢字も読めるようになっていて、同じ歳なのに、こんなに差があるのかと焦りが出てきました。

実際に小学生になった時に、やはり学力に大きな差が出て、その状態はずっと続くのでしょうか? 今のうちから家庭や塾で勉強をさせた方がよいのでしょうか。
(仮名:吉田さん)




 【石田先生の回答】

■ 幼児教育熱は高まるばかり

 お便りありがとうございます。幼稚園における勉強についてのご相談ですね。幼稚園には、小学校のお受験対策に力を入れているところもありますし、そのようなお勉強ではなく、情操教育に熱心な幼稚園、はたまた外遊びに力を入れる園など、本当にさまざまありますね。ですから吉田さんのように、他の園の情報が聞こえてきて心配になる方も少なくないのではないかと思います。

 日頃、都心の保護者の方々とお話ししていると、幼児教育への関心の高さには驚くことがあります。実際、小学校入学前の未就学児が習い事をする割合は50%以上となっているという統計データもあります。その内訳は、体操、水泳、ピアノ、リトミック、英語など情操教育に役立つものが多いようです。

 一方、明確なデータはありませんが、未就学児の段階から家庭内において、漢字の練習や、算数の計算をやっているというご家庭の話もよく聞きます。その延長線上には私立小学校受験、いわゆる“お受験”を目標としてあることも多くあると思います。1都3県の首都圏では1学年約30万人中4万2千人が小学校受験をしていますので、未就学児時代の勉強を重視するご家庭も一定数あるといえると思います。

 私は、これらの幼少時にいわゆる勉強をすることを否定しません。“子どもが楽しんで通っているのであれば”、それはそれでよいのではないかと考えます。しかし、絶対に必要であるかどうかという点に関して申し上げると、「必ずしも必要があるとは思わない」ということです。


私は中高生向けの塾を経営していますが、そこにいたるまでの段階である未就学児の時代における教育についても、ある程度興味をもって調べてきました。幼児教育に関しては、効果があるという調査もたくさんあります。幼児教育をやった人が、もしやらなかった場合にどんな経験して効果があったかはわからないので、厳密には比較ができませんが、一定の効果があるのは間違いなさそうです。

 そうすると、どうしても幼児から教育をした方がいいと錯覚してしまうのですが、幼児教育をしたほうがその後の高校受験や大学受験での成功につながるかというと、それとこれとは別のように思うのです。

■ ある保護者との会話

 私はかつてある保護者と次のような面談をしたことがあります。

 (小4のお子さんの面談が終わり、その下のお子さんである幼稚園年中さんの話になりました)

田中さん:「下の子のことで相談があります。今、幼稚園の年中さんなのですが、何か勉強らしいことをやらせた方がいいでしょうか?」
私:「幼稚園ではどのようなことをしているのですか?」
田中さん:「お遊戯や歌を練習したり、絵を書いたりする普通の幼稚園に通っていまして、特に勉強らしいことはありません」
私:「そうですね。今まで、幼児教育については結構考えてきましたが、『幼児のときから、いわゆる読み書きそろばんといったお勉強をすることや、右脳開発ということについては、ある一定の効果は確かにある』ようですね。幼児だから、何もしないというよりも、幼児期だからこそ勉強を勉強と思わず、楽しんで学んでしまうということがあるようです」
田中さん:「では、どのようなことをやらせたらよいでしょうか」
私:「しかしですね、効果はあるようですが、だからといってその後小学生、中学生になったときに、幼児教育をしていなかった子に学力で抜かれていくということも、実際あるのです」
田中さん:「そうなんですか」
私:「どうしても心配であるならば、いくつかやってみてもいいでしょう。なぜなら親の心配が子どもに影響するからです」

 私が主宰している学習塾では、これまで27年間で多くの卒業生を輩出してきました。その中には高校、大学とそれこそ誰もが知る有名な学校に進学した子がたくさんいます。

 では、彼らが小学校入学前のときにどうだったのか? という点をお話しましょう。よく見てみると、以下のような共通点があったと思います。


1.小学校受験をするための勉強はしていない(私の塾では公立の小学生が対象だったため当たり前かもしれませんが、特に小学校受験の勉強をしていなくても、トップの高校や有名大学へ進学した生徒が多数います)

2.野球、水泳、ピアノといった習い事は何かしらしていた(勉強だけに集中していたわけではない)

3.生活習慣に関して、家庭でしっかりと教えられている傾向がある(100%ではありませんが、かなりの確率でなされている)

4.友だちとたくさん遊んでいる

 以前の記事でも書きましたが、難関大学に合格した人の小学校入学前では、「思いっきり遊ぶ」「絵本を読み聞かせ」「好きなことに集中する」ということが共通していると発達心理学の分野でも言われています。やはり、そうなのです。いわゆる伸びる子たちは、勉強をやってばかりの幼少期を過ごしてはいないのです。


■ それでもやるなら、何に留意すべきか

 しかし、そうはいっても「少しは何かを学ばせたい」と思う場合もあることでしょう。そのときに何をすべきでしょうか。

 幼児教育が流行しているような状況ですので、さまざまなものを目にする機会があるかと思いますが、個人的には、特殊な勉強は必要ないのではないかと思います。それよりもおすすめしたいのは勉強の基礎・基本、つまり“読み・書き・そろばん”です。

 読みは、絵本を使った読み聞かせを、書きは、ひらがな、カタカナや簡単な漢字の練習がいいでしょう。それらを「楽しんでやれるようやり方を工夫する」のです。そして、文字がわかってくると、見るもの聞くものの意味が色々わかってきて、お子さんは知識に対して好奇心を持つようになるでしょう。

 “そろばん”は習い事に通うのもいいでしょうが、必ずしもそれでなくても、足し算や引き算といった計算をドリル学習として毎日1枚こなすことを習慣にしていくのでもいいでしょう。

 ここで大事なのは、勉強そのものというより、勉強を習慣化させることです。幼少期の勉強の効果は長続きはしないかもしれませんが、日常の中で勉強を習慣化させることができれば、長いスパンでみたときに大きな力となってくるはずです。

 全ての未就学児を調査しているわけではないので、私のこれまでの経験と、文献や統計の調査結果の内容からしかお話できませんが、まとめると、次のようなことがいえるでしょう。


1.未就学児は特に“いわゆる勉強”をする必要はない

2.ただし、気になる場合は、基礎基本である“読み書きそろばん”をプリント形式で勉強の習慣化という意味でやってもよいだろう

3.遊びを重視する(第32回の記事参照:事実! できる子は「遊びの質」が優れている) 以上、ご参考いただき、ご家庭の方針にしたがって、どうすべきかご検討いただければと思います。


石田 勝紀


2016.4.14  東洋経済オンラインから転載